歴史と文化、そして美しい緑が息づく篠栗には、ふれあいを育み、夢や希望を運ぶ「道」が縦横に伸びています。中でも篠栗町の象徴といえる道が、こころを支え、祈りを捧げる「ヘんろ道」。江戸末期開創以来l5O年の歴史を持つ篠栗四国市霊場は、年間100万人が訪れ、三大新四国霊場の中でも最も盛んな霊場として全国に名を馳せています。広大な景勝地に点在する札所を訪ねるへんろ道は全長約40Km。訪れる人々はその長い道のりを深い祈りの心とともに巡っていきます。 四季折々の自然と緑に出逢うための案内役が「登山道」標高600mクラスの山が連なる篠栗町では、登山道を歩きながら堆大な自然を満弾する山岳レクリエーションが楽しめます。その最先端の場所として知られるのが、ハンググライダー、パラグライダーの発進基地として有名な「米の山」。また、米の山と峰を連ねる標前68lmの霊峰「若杉山」は弘法大師にまつわる様々な伝説が残され、久遠なる時を越えて、訪れる人に神秘の物語を語りかけてきます。
過去から現在へ、そして未来へ。時を刻み、道は伸びる。

文化は道から訪れ、経済は道で栄え、心は道から道へとつながっていきます。町づくりを育む道-それが「街道」です。その昔篠栗の地にも、筑前の八街道中に金出(篠栗)を経て飯塚で長崎街道につながる「篠栗街道」がありました。「筑前国続風土記」には、飯塚から八木山峠を越え福岡城下に入る要路であった篠栗街道に、慶長年間、藩主黒田長政の命によって、付近の山際に点在している民家を集めて宿駅がつくられたと記されています。
時は流れ、明治20年に松並木の街道は県道に指定されました。また、昭和7年には田を潰して広い道が作られ、現在は県道6○7号線として活躍しています。
県道から国道2Ol号線になった道に、昭和60年には八木山バイパスが開通。国道2Ol号線の名も、平成5年には福岡と北九州を結ぶ北部九州流通の要として開通した「国道2Ol号福岡東バイパス」に譲られました。
かつての街道は現在旧道と呼ばれ、「地域の道」として町民の暮らしに息づいています。毎年7月に開かれる須賀神社の祇園祭では、勇壮な篠栗祇園山笠が須賀神社の参道を駆け抜けていきます。日が暮れると道の両側には夜店の赤いあかりが灯され、この時ばかりはかつての懐かしい賑わいを垣間見ることができるはずです。
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